吉江潤二句集『竿満月』

作者は昭和六年、富山生まれ。京都の結社「玉梓」の創刊同人。(※姓・吉江さんのヨシの漢字は土と口)
名村早智子主宰の序によれば、六十歳代半ばで大阪の老人福祉センターの教室に入会し、俳句を始められた。本書は米寿記念出版のようで、作者あとがきに「私の最初で最後となる句集であろうか」と記す。近年そのような動機による句集上梓は珍しくないけれども、この句集の場合、明確なモチーフが一書を貫いている。それは作者の“人間力”であろう。選句の妙ともいえる。

長年の趣味であるへら鮒釣を詠んだ作品群が、本書の核をなす。
 霾(よな)ぐもりまたも釣師の眼鏡拭く
 釣に来て平群(へぐり)の葡萄買ひ帰る
 対岸の釣師と交はす御慶かな
 春鮒を竿満月に釣り上ぐる
 釣好きになりさうな孫夏帽子
 蜩の声に納竿せかさるる
 紅葉鮒顔立ち褒めて放しやる

作者はへら鮒釣り歴五十年といい、かつて近畿へら鮒釣会連合会の会長をされていたというから、本格派の釣師である。へら鮒とは、琵琶湖の固有種として大正期に発見された源五郎鮒を人為的に品種改良し、全国の川や池や湖へと放流していった淡水魚のことで、背高の体形に特徴がある。
句集タイトルにもなった「竿満月」の句は、多くの句友から格別に愛されている作品という。釣師のあいだで、大物を釣り上げるときの竿のしなり具合をさして「竿満月」と呼ぶのだろう。円相の躍動感、釣果の満足感、そして陽春の明るい気配、水辺の心地よさまでが描かれている。
御慶の句や、紅葉鮒のリリースの句も、釣師たちの優しい心根の窺える佳品である。

俳句のつきあいでは、「玉梓」大阪支部長として、率先して句会や吟行の世話役をつとめてこられた。ボランティアを通して“人間力”を磨きつづけておられるようだ。二つの趣味、釣りと俳句とを融合させた旅吟も少なくない。
 夏祭舟屋に舟の納まつて
 一山を一夜で覆ふ越の雪
 指先に恋を隠して風の盆
 初句会京より福を持ち帰る
 日本オオカミ消えしままなる青嶺かな

舟屋の句は京都府北部、丹後半島の伊根町での作。
日本オオカミの句は奈良県東部、東吉野村で詠まれたもの。ニホンオオカミ終焉の地であることを示すブロンズ像が建っている。

趣味の釣りと俳句とで退職後の日々を忙しく過ごしてこられた作者は、同時に、地域社会活動にも積極的に関わってこられて、現在、大阪市鶴見区老人クラブ連合会の会長をつとめておられる。
 新走り先づネクタイを弛めをり
 鉄風鈴音色に訛りあるごとく
 吾が町にひしめき合へる夜長の灯
 息災とわかる筆圧年賀状
 吾が影の消えてしまひし日の盛り

吾が影の句、この味わいの深さはどうだろう。筆者は一読したとき見落としてしまい、二読、三読してようやく秀句であることに気づいた。だれもがやがて消えてしまう存在なのだ。この達人にして、そんな感慨を抱かざるをえないときがある。
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上の写真では伝わりにくいかもしれないけれども、装幀の美しさを付記しておきたい。発行はふらんす堂。表紙の手触り感といい、図柄といい、タイトルの金箔といい、羨ましいほどに上質である。

by tsukinami_819 | 2019-03-12 06:43 | 句集拝読 | Trackback | Comments(0)
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