六四三の俳諧覚書



枯木と裸木

昨日の午前は、姫路の句会でした。兼題は「枯木」と「セーター」。
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 物の怪のこゑ大川の大枯木 六四三
 セーターの背中赤鬼かも知れず
 セーターのイニシャル遠き日の記憶
1句目と2句目は、苦心作です。互選でとってくださった方はあったものの、先生の選から漏れました。物の怪の句は、純然たる写生、嘱目です。物の怪で、出来たぞと思ったものの、後半がいけませんね。声は、水音、鳥の声、木の精のつもり。大川はこの句の場合、単なる大きな川でなく、村外れにある川を指しています。赤鬼は、泣いた赤鬼からの連想です。わかりにくかったですか。3句目の遠き日は、曖昧でしたね。
季語「枯木」は、冬になって葉をすべて落とした樹木のこと。立ち木でしょうね。枯れ死んだ木、朽ち木の意味じゃないようです。季語「枯木」「裸木」「冬木」の違いって、何でしょうね。微妙なニュアンスの違い? 通販CMによくある「※個人の感想です。」みたいな。
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街へ出たついでに、午後、金木犀舎の方と打ち合わせ。
本の作りについて、いろいろと教えていただきました。とはいうものの、どうでもいい、勤め人の頃の怪しげな自慢(?)話ばかり延々としゃべってしまいました。

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# by tsukinami_819 | 2018-12-13 06:43 | | Trackback | Comments(0)

今井聖主宰「街」へ

横浜を句会活動の拠点とする結社「街」の俳誌は隔月で発行され、毎号、誌面の冒頭に今井聖主宰が20句ほど作品を発表しておられます。
その一連の作品と、すぐ後ろの主宰の俳論を読むのが、大きな愉しみでした。とりわけ「五感を生かす」「五感の働きを詠む」という教えは、貴重な財産の一つになりました。うまく句がまとまらないとき、いつも五感の教えを思い出すようにしてきました。
雑詠欄は、同人会員の「解放区」「自由区」と一般会員の「未来区」という3段階に分かれています。わたしは「未来区」に属し、とうとう一番後ろのページあたりから脱することができませんでした。遠隔地ゆえ句会に参加できず、うまく馴染むことができないせいなのかなあ?と思ったりしてきました。しっかりと五感を摑めていなかったことは慥かでしょうね。
若々しく、作家性(個性)をつよく打ち出される会員の皆さんの句は、突拍子もない句材の選択を含めてユニークで、詩心があって、どれもこれも、わくわくする作品ばかりでした。そのつど清新な発想に刺激を受けて、生気のない凡句を詠んでちゃいけないなあと、反省してきました。
    ○
「街」最新号(12~1月号)から、主宰の句です。
 秋の暮牛褒められて尿りけり 今井聖
 橋でぶつかる二つの運動会の楽
 新藁匂ふ父に撲たれし日の夜も
 虫入れてペットボトルの裡曇る
 蛇を喰らひし兵も穴に入る
5年間「街」に在籍させていただきました。
 鵙日和倦まず遠投くりかへす 六四三

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# by tsukinami_819 | 2018-12-10 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(2)

「いぶき」神戸の納め句座

この前の日曜、朝の川掃除に出てから、午後、超結社「いぶき」の神戸句会に参加しました。もう師走なので、平成30年納めの句会でした。出席22名(両代表含む)、欠席投句8名。
 冬晴の街ざらざら息を吐くところ 六四三
2点句です。といっても、22名中の2名がとってくださっただけで、むろん代表の選からは漏れました。
電車が神戸の街に入ったところで、「冬晴」と「ざらざら」の2語が浮かんだものの、うまく形を整えられず、ぎりぎりになって「吐くところ」をひねりだしました。でも、これが描きたかった景色だったかのどうか?
欠席投句者の作で、「妻(つま)と「夫(つま)」の両語を織り込んだ句がありました。これが、なんと高校生の句だったようです。練習句だったのかもしれませんね。
わたしは創作意欲が、嫌いじゃありません。近代俳句の基本は「写生」ですが、フィクションを「創造する力」を完全に喪ってしまっては、文学・芸術にならないだろうとおもっています。とくに若い俳人は冒険、試行錯誤するべきでしょう。
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2019年の「いぶき」神戸句会の年間予定表。原則、第1日曜ですね。

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# by tsukinami_819 | 2018-12-07 06:43 | | Trackback | Comments(0)

秋から冬へ

総合俳誌「俳句」と「俳句界」の12月号、雑詠欄および題詠欄でひろっていただいた句です。
 下京の脇からのぞく大文字 六四三
 送り火の消炭干物でも焼かう
 実はねといふほどの嘘秋の風
 秋暑しミステリに貼る図書ラベル
 秋の蟬窓明かりさへ寝苦し
1句目。以前にも書いたように、ホテルの屋上から覗き見た京都五山の大文字です。
2句目。消炭で干物は、季語の説明でしたね。
3句目。兼題「実」で、あえて木の実を避けてみました。
4句目。図書ラベルは、病院図書室のボランティアがやっている作業を詠みました。
5句目。今年の秋はいつまでも暑かったですね。
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小澤實さんの『万太郎の一句』(ふらんす堂)の12月2日のページに、こんな句が載っていました。
 東京に出なくていゝ日鷦鷯 久保田万太郎
ミソサザイは雀に似た留鳥で、寒くなると低地へ降りて来るというので、冬の季語。
句会での即吟だそうです。同席の人が「先生、みそさざいが居ましたか・・・」と尋ねると、万太郎は「見なけりゃ作っちゃいけませんか」と答えたそうですよ。愉快。

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# by tsukinami_819 | 2018-12-04 06:43 | | Trackback | Comments(2)

総合俳誌拾読「俳句」2018年12月号(その2)

特集〈「歳時記」徹底活用〉のうち、塩見恵介さんが担当された「歳時記の歴史」は、特筆ものの労作です。どうやってお調べになったのか?と思うばかり。柿衞文庫からの協力、資料提供を受けられたそうです。
面白かったのは、「歳時記の過去・現在・未来」をテーマにした、片山由美子、長谷川櫂、神野紗希さん、3者による鼎談です。
片山さんが歳時記をルールブック、教科書的なものととらえ、厳格、厳密な基準で季題季語を収めるべきだと考えておられるのに対して、神野さんはもっと緩やかに、作句するさい方向を指し示すコンパス程度のものとお考えのようです。歳時記は物語性のある季節文化の記憶装置とおっしゃる長谷川さんは、両者の中間あたりに立っておられる印象です。
個々の季語について、厳格派の片山さんが、興味深い指摘をしておられます。
秋深し」という季語がありますね。その傍題扱いで、「秋深む」も歳時記に載っています。しかし「深む」は文法上、他動詞ですよね。現代語でいうと「深める」です。だから本来「秋深む」だと、秋が深まるという意味になりません。誤用が一般化してしまっているわけです。同じ理屈でいくと、飯田龍太の名句<春の鳶寄りわかれては高みつつ>も、「高む」は他動詞ですから、自動詞と他動詞のごちゃまぜになっています。
名詞季語の動詞化にも、問題があります。「雪催(もよひ)」という季語を「雪催ふ」と動詞で使うのは、NGだそうです。
人事季語にも問題があります。「息白し」は人事季語だから動物の鼻息に使えないという認識もあるようだけれども、高野ムツオさんの<星雲を蔵して馬の息白し>のような名句もあるのだから(他にもあまた同様の秀句・佳句あり)動物に用いてもいいんじゃないか、そんな神野さんの見解に対して、片山さんはきっぱりとこれを否定しておられます。高野さんの句の場合は、季語云々にとらわれずに(つまり、無季句扱いでいいと覚悟して)作っておられるのだろうからそれでかまわないのだ、と述べておられます。わたしの駄作にも、鳩の「日向ぼこり」を詠んだ吟行句があって、人事季語だからダメよと指摘を受けたことがあります。捨てるのは惜しいとおもい、後日、日向ぼっこする人間の前にいる鳩の句として<大寺の日向ぼこりや鳩の見得>と、詠みなおしました。
一般語の季語化も問題です。山口素堂の名句に<目には青葉山郭公(ほととぎす)初鰹>があります。現代の分類でいうと、この句には3つもの季語が入っていることになります。しかし、江戸時代「青葉」はまだ季語として扱われておらず、近代以降に現れた新顔なのです。よって、「若葉風」という傍題はあっても、「青葉風」という言葉は、季語として未だ成熟していない、だから、ちゃんとした歳時記は「青葉」の傍題に「青葉風」を挙げていないのよと、片山さんが指摘しておられます。この説を聞いた神野さんは、エッと声をあげて驚かれています。なにしろ<起立礼着席青葉風過ぎた>という句が、彼女の出世作ですから。
季題季語は、京・大坂の季感の中から生まれ、やがて江戸の季感も持ち込まれるようになって急激に増加しました。北から南から広範囲に情報が入るようになった現代では、沖縄の季感も北海道の季感も尊重されるべきでしょう。また、死語となった生活語がたくさんあります。長谷川さんは、絶滅しそうな古い季語は「しばらくおやすみなさい」ということで日常用の歳時記からいったん抜くのだ、とおっしゃっています。が、どうでしょう、いったんルールブック(歳時記)から除かれてしまうと、ことばとしての生命を絶たれてしまうのではないでしょうか? たしかに、そのような納得のもと古季語を排除しない限り、歳時記は膨らむ一方ですが。
そういえば、高齢になられた俳人が、自分は百個ほどの愛する季語だけで句をつくれたら、もうそれで十分だと、書いておられる文章を読んだ記憶があります。
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# by tsukinami_819 | 2018-12-01 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(2)

総合俳誌拾読「俳句」(角川)2018年12月号(その1)

「朝」主宰であった岡本眸さんが今秋9月に満90歳で亡くなられ、西村和子さんと酒井佐忠さんが、追悼エッセイを寄稿しておられます。その中でとりあげられた俳句。
 霧冷や秘書のつとめに鍵多く 岡本眸
 白玉や子のなき夫をひとり占め
 夫愛すはうれん草の紅愛す
 残りしか残されゐしか春の鴨
 雲の峰一人の家を一人発ち
 秋風や柱拭くとき柱見て
 本当は捨てられしやと墓洗ふ
 初電車待つといつもの位置に立つ
 わづかなる満干に生きて冬の沼
 句を作るひとり遊びの秋の暮
言いさしたまま終わる句末に、妙な味わいがありますね。雲の峰などは、後世までのこる名句でしょう。
彼女は「俳句は日記」ということを信条とされていました。もともと富安風生から俳句を学ばれて、その頃は会社勤めで、役員秘書をしておられました。45歳のときご主人を亡くされ、その後もたびたび夫君の思い出を詠み込んでおられます。
昭和50年代、俳壇に「カルチャーセンター俳句ブーム」が起こると、岡本眸さんも講師をつとめられました。
折りしも日本の都市部では、カルチャーセンター隆盛の時を迎えていた。戦中戦後に青春時代を過ごし、向学心や知的好奇心が最も旺盛であった人生の時期に勉学の機を奪われた、という思いをかかえていた一般家庭の女性たちの抑制されていた力が、各地の多方面にわたるカルチャーセンターに向けられたのである。俳句もその一部分であった。
この西村さんの一文を読んで、ハッとしました。ときどき「カルチャーセンター(文化教室)的俳句」「習い事俳句」と呼んで、わたしたちはこの時代からあとの現代俳句を揶揄することが少なくありません。しかし、敗戦前後の時代を生き抜き、子育ての最中あるいは子育てに一段落ついた「女性たちの活力」が昭和の終わりから平成の初めにかけて俳壇を引っ張ってきたことは、間違いありません。その歴史的意義を無視しちゃいけないでしょう。
そうして、いまは、次なる時代への過渡期なんでしょうか。
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# by tsukinami_819 | 2018-11-28 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(0)

俳句と酒場の歴史

土曜の午後、久しぶりに兵庫県伊丹市の柿衞(かきもり)文庫へ行ってきました。正確に言うと、柿衞文庫の入っている市立美術館の講座室で行われていた大阪俳句史研究会の月例会で、会員でなくても無料で聴講できます。
この日の講師は「運河」主宰の茨木和生さんで、テーマは「あの日あの時 酒場の俳壇史」でした。句づくりに直接役立つような話はありませんでしたが、半世紀前からのおもしろい昔話をあれこれ聴くことができました。俳壇で生きていくにも、やはり人との交際が大切なんですね。
 老俳のいきいき語る寝酒かな 六四三
どうでしょう? 夜は、こんな感じだったかもしれませんね。もっとも、関係者の皆さんは「茨木さんとビール飲みに行こう」と、おっしゃっていたようでしたが。
もう1句、こんな句を思いつきました。
 〇〇〇〇〇博識の茶々冬講義
上五に、ある著名俳人のお名前が入ります。でも、話をさせていただいたことのない方なので、伏字とさせていただきます。この方から、博識および抜群の記憶力による茶々が入って、とっても愉快な講演会になったことは慥かです。
ほんわか、のんびりとした、午後のひとときでした。
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写真は但馬の安国禅寺、裏山のドウダンツツジです。

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# by tsukinami_819 | 2018-11-25 06:43 | | Trackback | Comments(0)

城ノ崎にて

先日、日本海側の城崎(きのさき)温泉で遊んできました。
プロフィール欄にもぼんやりとした写真を新たにアップした、宿のずわい蟹尽くし膳。そういえば、俳句では「蟹」の一語だと夏の季でしたね。
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車で10分北上した城崎マリンワールドでは、いろんな海の動物ショウを楽しめました。ペンギン散歩。どうしてグループ行動なのかな?
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巨体のセイウチだって演技を見せてくれます。
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# by tsukinami_819 | 2018-11-22 06:43 | | Trackback | Comments(0)

俳句はノン・リーダー

面白い古本を読みました。
昭和の俳人たちの証言集で、黒田杏子さんを聞き手にして、桂信子、鈴木六林男、草間時彦、金子兜太、成田千空、古舘曹人、津田清子、古沢太穂、沢木欣一、佐藤鬼房、中村苑子、深見けん二、三橋敏雄といった当時すでに高齢であった13名の俳人たちが、自分史ならびに俳壇史を、じっくりと詳細に語っておられます。総合俳誌「俳句」に連載されたあと、平成14年に上下2巻の角川選書『証言・昭和の俳句』として出版されました。
当BLOGの過去記事を補足したくなるような興味深い逸話も2つ、3つありました。そんな中から、古舘曹人さんの語りの一部を引用します。
さいきん歌舞伎も落語もダメになったと断じたあと、こんなふうに語っておられます。
<落語というのは決まった小さな小屋でやるものなのです。寄席の芸です。/俳句も同じで、俳句も正岡子規は「ノン・リーダー、即興」ですよ。これが正岡子規の教えた俳句です。虚子になってからそれがなくなっていって、みな先生になった。いまは全員、先生。俳句が座でなくなった。これは危ない。やがて落語と同じようになりゃせんかと心配です。>
先生と生徒が向き合った教室式俳句、習いごと俳句への批判でしょうね。たとえ、主宰のもとに会員が集まったにせよ、作品評価は会員相互(というより、作り手と受け手の間)で徹底して叩きあう方がよろしい。そういう考え方が、本来の「座」なのかもしれませんね。
結社誌の主宰と同人会員と一般会員、同人誌の同人、それから超結社の会員・・・結社に何年間か籍をおいても、いまだ人の組織はよくわかりません。
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# by tsukinami_819 | 2018-11-19 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(0)

クイーン、長い季語、レトリック、句会係

今日も特段のネタなし。読みとばしてください。
〇クイーン
エイズのため若くして亡くなった、英国のロック・バンド「クイーン」のリード・ボーカリストを主人公にした映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観ました。世代的にはクイーンのファンでもおかしくないのだけれど、残念ながら学生の頃、かろうじて(遅れて)ビートルズを齧っただけ。でも、この映画はロック・ファンでなくとも、一見の価値あり。厄介な人間も時代の空気も描けています。最後のコンサート・シーンは長尺で、圧巻です。音楽の力も、映画の力もすごいですね。それに引き換え、俳句の力のなんとちっぽけなことよ! きっと、ちっぽけな人達がやってるんでしょうね。
○長い季語
ある句会で、こんな句を出しました。
 珈琲の温み勤労感謝の日 六四三
言うまでもないと思いますが、題詠句。季語は9音で、省略できない固有名詞ですから、残る8音だけで何ものかを表明しなければなりません。こうなると、もう言語遊戯です。もっとエッジの効いた言葉でないと、駄目ですね。
○レトリック
俳句の修辞学をテーマにして、長文の評論を書くことを思いつきました。でも、実際の句で検証するとなると、かなり難しい。体系的にまとめられた参考書なんて、ほぼありません。ゆっくりと準備したほうがよさそうです。
○句会係
ここ何年間か、句会のお世話係を務めさせていただきました。進行、披講、連絡、会計、記録、用紙類準備、等々。月1回でも、やることは一杯ありました。高齢者の句会なので、会員の顔だけじゃなく、おおまかな人となりを把握する必要もありました。句会係って奉仕精神がないとやれません。句が上手でも、カリスマ性があっても(わたしにはどちらもありませんでしたが)、句会係は務まりません。ただただ「御世話をさせていただく」というサービス・マインドが必要です。わたしに欠けている才能でした。財布の小銭も、減ります。・・・だから、句会に出席した人は、毎回、句会係さんに感謝の言葉をかけてください。それだけで、少し報われたような気になるものですから。
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どんぐり、ころころ。
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# by tsukinami_819 | 2018-11-16 06:43 | | Trackback | Comments(0)

新酒、港の祭り、山の紅葉

ちょぴり寒くなってきましたね。兵庫県西播磨地方ローカルの写真。
姫路市北部の酒蔵から、「奥播磨」の新酒。
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先の日曜に「室乃津祭」という漁港イベントのあった、たつの市御津町の室津港。
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宍粟市山崎町、「最上山」のもみじ。幼い園児たちも。
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立冬を過ぎ、いまごろになって浮かぶのは「紅葉」の句ばかり。困りました。

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# by tsukinami_819 | 2018-11-13 06:43 | | Trackback | Comments(0)

総合俳誌拾読「俳壇」2018年11月号

特集は「慶祝の俳句―言祝ぎのこころに迫る」で、結婚や出産や就職のときに詠む俳句をとりあげておられます。俳壇づきあい、結社内の交際でいうと、出版祝や受賞祝もあるでしょうね。まさしく挨拶句です。
俳壇時評のページでは、天野小石氏が『超結社句会の昨今』と題して、超結社句会の拡がりを論じておられます。
超結社句会の先駆けの一つに「塔の会」がある。成り立ちは昭和四十三年、俳人協会会員で当時俳壇では中堅だった世代が中心となって、結社を超えた句会を開催した。草間時彦、岸田稚魚、加畑吉男、鷹羽狩行の四氏が中心となり、他十名ほどが参加した。有馬朗人もアメリカから帰国後参加している。(略)「塔の会」はメンバーを変えて、現在も俳人協会の中枢を担っている俳人で継続している。
「超結社」という言葉は、短歌の会でも使われます。結社の枠を超えた同好の士の集まりという意味なら、昭和の時代にだってたくさん存在しました。超結社という用語そのものが現代俳壇で意識され始めた初期の集まりが「塔の会」なのかもしれませんね。調べたわけではないので、わかりませんが。
天野さんによれば、いまの四十代以降で、超結社句会に参加する人が増えているそうです。主宰をトップとする結社特有のタテ組織あるいは濃密な人間関係を煩わしく感じるせいでしょうか。いや、たぶん、それだけではないでしょう。結社に身を置きながらも、他の結社にいる(あるいはどこの結社にも属さない)同世代作家の多様な作品に直接触れたい、彼らから刺激を受けたいと意欲的に考えるからでしょう。結社外の俳人に関する情報を得る媒体が総合俳誌とウワサ話だけであった時代は、もはや過去のものです。インターネットの普及によって、現代俳人は豊富な情報を得ることができるようになってしまいました。
近い世代の同好の士との交際に加えて、豊富な(ときに猥雑な)情報をインターネットを通じて獲得できるようになったため、今後も、平成以降の超結社句会は次から次へと生まれては消えていくのでしょうね。
そうなると、「結社」の使命だって、徐々に変化せざるを得ないでしょう。主宰の教え、行動の縛りだけでは、生き残れない時代が訪れています。もっと結社制度の魅力を磨かなければならないでしょう。その一つが人材・才能の発掘と活用、でしょうか。
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# by tsukinami_819 | 2018-11-10 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(0)

「作為が見える」とは

日曜にあった11月の「いぶき」神戸三宮句会は、いつものように「藍生」兵庫支部との合同の形で、出句者32名(うち欠席投句7名)と盛況でした。
若い人の句に触れるのは、刺激があって楽しいですね。選句後、自分はなぜこのユニークで、清新な発想の句をスルーしてしまったんだろうかと、反省すること少なからず。
「いぶき」句会のハイライトは「合評」です。高得点句について、どこが良かったのか、あるいは良いと思わなかったのかと、発言を求められます。今回とても気になったのは「作為が見える」という評語でした。共同代表からも、他の会員からも、なんどか発せられたので、興味をもって拝聴しました。
この「作為が見える」という評語は、マイナスの査定語として、飛び交っていました。句作りというくらいですから、俳句に作為があるのは当然のこと。しかしながら、受け手(鑑賞者)に作為が見えては、いただけない。お芝居は本番の舞台を観るものであって、楽屋裏や稽古を覗き見るもんじゃない、ということでしょうね。
作為を作為と感じさせないような表現方法。以前、私はそれを「既視感」という言葉で説明しました。
そういえば、角川「俳句」11月号で中堅俳人3名が「俳句甲子園」全国大会のレポートを発表しておられましたが、あのイベントで展開される対戦型ディベート(討論)も、合評の一変態なのでしょうね。
さて、句会では6点ちょうだいした句もあったのですが、合評でさんざんの評価でした。なので、句会後に自分で推敲した、秋と冬の句をご覧いただきます。
 からすうり金網からはけもの道 六四三
 冬に入る死神のゐる映画館
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ねこカップという商品名のクッキー。チョコが溶けかけ。

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# by tsukinami_819 | 2018-11-07 06:43 | | Trackback | Comments(2)

「玉梓」京都句会

腰痛不安を抱えつつ、久しぶりに1泊して、京都へ行ってきました。
土曜の午後「玉梓(たまずさ)」句会に初めて参加。会場は岡崎の平安神宮近く、「みやこめっせ」というところでした。出句者30名。想定以上に人数が多かったらしく、「いつもはやらないのよ」とおっしゃりながら、名村早智子主宰自ら世話係を買ってくださっていました。青年のような男性や現役女子大生もおられて新鮮でした。若い人って発想が清新ですよね。
 うそ寒や一本橋を渡りゐて 六四三
 栗飯の我に程よく炊き上がる
両句ともに添削が入っています。原句は「うそ寒の一本橋を渡りけり」と「栗飯の我に程よし妻にこはし」でした。「けり」じゃ、強く切れすぎましたね。ここは余韻の欲しいところ。「我」と「妻」との対比は、理屈が勝ち過ぎたようです。類想句が多くとも、このくらいの形でまとめるしかないのでしょう。
立ち話ながら、主宰に挨拶できました。恐ろしいことに、たまに当ブログをチェックしてくださっているとか。
京都観光の写真と句をいくつかアップします。
白川にかかる一本橋(行者橋)。ごく普段使いの石橋です。
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青蓮院門跡の庭。右近の橘、左近の桜ってやつですね。
 後水尾の宸殿ほのと秋灯 六四三
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昼食をとった先斗町「茶香坊 長竹」店内。お話し好きのご亭主の横顔がちらりと映っています。壁の団扇には、先斗町の芸妓さんたちのお名前が入っています。
 茶香坊亭主とくとく古酒の酔 六四三
これは夜の句ですね。
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高瀬川の彫刻展。具象から抽象まで。
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明治・大正の元老、山縣有朋の元別荘、無鄰菴(むりんあん)の庭。この辺りの水は琵琶湖疎水から引かれています。
 空なる掌かざす楓の無鄰菴 六四三
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上の句に関して。「楓」だけでは季語としない歳時記が多いそうです。その場合、中七を「かざす紅葉の」か「楓もみぢの」としましょうか。「無鄰」の名は、隣に家のない片田舎の出だからと、山縣自ら命名したものだそうです。

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# by tsukinami_819 | 2018-11-04 06:43 | | Trackback | Comments(0)

総合俳誌拾読「俳句」2018年11月号

第64回角川俳句賞が発表されています。現代の俳壇で、もっとも注目され、権威ある新人賞といって差し支えないでしょう。といっても未発表句50句ですから、受賞者も予選通過者も、たいてい他で認められた中堅俳人のようです。
受賞作は鈴木牛後さんの「牛の朱夏」。作者は北海道で酪農をされている方だそうです。受賞作は牛や牧場の自然を詠んだ句で統一されており、気の抜けた句なんて1つもありません。冒頭の3句だけ挙げてみます。
 角焼きを了へて冷えゆく牛と我 鈴木牛後
 仔牛待つ二百十日の外陰部
 牛の乳みな揺れてゐる芒かな
うまいなあ。「角焼き」は牛の角を切る一連の作業のことでしょうか。「外陰部」なんて、選評にもあったように、俳句で用いられたのは初めてでしょう。プロの仕業ですね。ちなみに、鈴木牛後さんは「本日も深雪晴」というブログを運営されています。
そういえば、予選通過作品41作中に名の見える安田豆作さんとおっしゃる方も、北海道在住の獣医師で酪農を詠まれる方ですね。今年初め「牧の初雪」30句で伝統俳句協会賞を受賞されています。この方にも「北の(来たの?)獣医師」というブログがあります。
(勝手にリンクを張っておいたので、クリックして、両ブログもご覧ください。)
やはり、どこか一本筋の通ったところがないと、連作50句で勝負することは難しいのでしょうか。今年もまた応募してみたものの、受賞作や有力候補作とのあまりの違いに、愕然としております、はい。
俳句は生活そのものだとおっしゃったのは、石田波郷さんでしたか。
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いつの間にか、山茶花がいっぱい。

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# by tsukinami_819 | 2018-11-01 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(2)


遊戯三昧 俳句ひねって 遊びましょう
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