六四三の俳諧覚書



京都五山の送り火(夜)

8月16日は、盆の送り火。京都市内で、大文字や妙法の火を見る絶景スポットは、鴨川の三角州、出町柳のあたりだそうです。
夕刻、河原町五条のホテルに入ると「屋上を臨時開放します」という貼り紙がありました。京都駅や京都タワーよりも山に近いぞと思い、人混みを避けて、宿泊地から見ることに変更しました。午後8時前、けっこうな人数が屋上に集まってきます。
点火は東から西へ。まず如意ヶ嶽、大文字の火です。向きがよくないものの、意外な近さに見えます。肉眼だと、この写真より、もっとよく見えました。
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妙と法の火。建築中のビルの陰になって、見えません。
船形。北正面にくっきり見えます。
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左大文字。向きが合わないのでしょうか、確認不能。
鳥居形。西方に遠く、小さく見えました。
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全体として1時間に満たない光のショータイム。
さて、これで、俳句になりますかどうか。
【追記】
お土産の三笠。
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# by tsukinami_819 | 2018-08-17 06:43 | | Trackback | Comments(0)

京都五山の送り火(昼)

16日正午ごろ、銀閣寺前。大文字で焚きあげる護摩木を奉納。
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13時過ぎ、先斗町の「茶香房 長竹」で軽く食事。
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長竹は、抹茶スイーツとお茶のセットが人気の小さな店ですが、ご飯ものもあって、例えば、昼メニューのちらし寿司と小菜と吸物で1080円でした。夜はお酒もいけるそうです。
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午後4時の京都市内。ときどき雨が降るものの、北の山々をなんとか望むことができます。4時間後はどうでしょう。
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# by tsukinami_819 | 2018-08-16 18:58 | | Trackback | Comments(0)

雨の送り火か

今夜、五山の送り火を見に行きます。
でも、京都の天気予報は雨ですね。曇りか小雨のまま、大文字でも妙法でも、どこからか見えるとありがたいのですが・・・。
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写真のつる草は、たぶん、ハツユキカヅラ(初雪蔓)です。新しい葉がピンクや白色で、花のように見えます。季語としては認定されていない草でしょうか。
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# by tsukinami_819 | 2018-08-16 06:43 | | Trackback | Comments(0)

虫を見る

台所の窓の網戸に、こんな虫がとまっていました。何でしょう?
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腹部側だと、わかりませんね。
外へ出てみると、意外や、こいつでした。
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どうやら、クツワムシ? そういえば、このごろ夜になると、裏庭でにぎやかな鳴き声がしています。
自作には佳い句がないので、この方の句で。
 島宿やがちやがちやないてまくらがり 鈴鹿野風呂

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# by tsukinami_819 | 2018-08-13 06:43 | | Trackback | Comments(0)

蜘蛛とミニチュアダックスフンド

この前の日曜日、神戸三宮で「いぶき」の句会がありました。
参加16名(うち初参加2名)、欠席投句8名だったそうです。わたしは外せない用があって、残念ながら、欠席投句でした。
 茅の輪までミニチュアダックスフンド来る 六四三
 蜘蛛の囲に蜘蛛なし雨のひと滴
この2句に、なんとか1点ずつ、入れていただけたそうです。でも、8月句会なのに、6月の題材でしたね。
返していただいた、代表からのコメントは、こんな感じでした。
〉茅の輪と小型犬との出会いは、それなりに、面白いけれども・・・。
〉蜘蛛は「なし」じゃなく、「ゐず」でしょうけれども・・・。
そうですね。とくに蜘蛛の囲のほうは、再考してみるべきかもしれません。
何日も前に作っておく欠席投句って、あんがいむつかしいものです。推敲のあまい、緊張感を欠いた俳句になってしまいました。句会のライブ感を味わえないのも、勿体ないですね。

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# by tsukinami_819 | 2018-08-09 06:43 | | Trackback | Comments(0)

勿論俳句は歌でもある。

某日、喫茶店のテーブル上に、珈琲をぶちまけました。ビッグサイズのカップだったため、兼好法師さん(「徒然草」)が、びっちゃびちゃ。スマホはケースが濡れただけで、無事でした。ここ最近5年間で4、5回やらかしている気がします。老化でしょうか。

さて、語源遊びをしましょう。
俳句とは、明治時代に入って、俳諧の発句だけを独立させた、五七五音を定型とする短詩のことですね。発句は、初句、第一句のことで、作品としての切れ、独立性があるため、立句ともいいました。
では、俳諧とは何か。俳諧は、正式には俳諧之連歌といい、俳諧味のある連歌のこと。俳諧は誹諧とも書いて滑稽な味わいを意味したので、卑俗な笑いを狙った古い和歌を誹諧歌と呼んだ時期もあります。よって俳諧連歌は、日常語や外来語(漢語)や謡曲のことばを用いて滑稽味をたのしむ、現代性や庶民性のある連歌を指しました。近代に入って、連句と呼ばれることもあります。
では、連歌とは何か。連歌とは、五七五音の長句と七七音の短句とを、別の人が次々と歌い連ねる、多人数参加形式の和歌をいいました。長句の発句から始めて百句目の短句を挙句とするのが、正式バージョンだったそうです。いわゆる百韻ですね。連歌の式目つまりルールは他にもいっぱいあって複雑なので、省略します。
連歌形式だと、どうしても時間がかかって一晩の興行で終わらないため、江戸時代の俳諧興行では、五十句や三十六句で終わりにする短縮版がよろこばれました。芭蕉さんも旅の途中、各地のグループに入り込んで、五十韻や歌仙を残しておられます。歌仙というのは、中途半端な三十六句の俳諧連歌のことで、嘘みたいな話ですが、和歌の三十六歌仙の駄洒落から命名されたようです。
さて、そこで、和歌の語源も考えてみましょう。和歌は、唐歌(からうた)の対語ともいわれますが、ほんとうは「和する歌」の意味です。唱和つまり歌い交わすことですね。和歌は、古代からのコミュニケーション・ツールでした。
では、歌とは何か。の語源が「訴え」であるというのは俗説らしく、「うた」とは「自分の気持ちを真直ぐに表現する意」であり、「うたがい」(疑い、うた交い)の「うた」と同じ源なんだそうです。なお、この「自分の気持ちを真直ぐに表現する意」説は、岩波文庫『詩の誕生』で、大岡信さんが谷川俊太郎さんに語っておられます。
あなたの俳句は、自分の気持ちを真直ぐに表現する歌ですか?
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早朝の東の空です。
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# by tsukinami_819 | 2018-08-06 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(0)

勿論俳句は文学である。

古い話をします。しかも手垢のついた話題・・・。
昭和14年「鶴」の1月号で、石田波郷さんがこんな文章を書いて、大いに世間(といっても俳壇)を騒がせました。
石野君の作も、例月よりまさつてゐると思へない。まだまだよく作らうといふ文学的意図がみえすいてゐていけない。俳句は文学ではないのだ。俳句はなまの生活である。この言葉は註釈なしには通用しないのであるが、まあここではかく放言しておきたいのだ。諸君は諸君の呼吸や飯食の、生血のかよふ真剣さ、そのことを考へてみる必要がある。俳句を作るといふことはとりも直さず、生きるといふことと同じなのである。>(下線は六四三が付す。)
これは論文でなく、主宰誌に発表した句評、作品批評ですね。文学的意図が見え透いてる、君のは作り過ぎだよと、そんな苦言なのでしょうか。
このとき波郷さんはまだ満25歳の青年でした。「鶴」創刊はその2年前、昭和12年、満24歳のときでした。
自ら「放言」と認めている「俳句は文学ではないのだ」という発言が、その後勝手に独り歩きをして、世間の注目を集めることになります。同年8月刊行した第1句集『鶴の眼』の序文で、小説家横光利一さんが「この新人にどうして俳句は文学でないと云はしめたか」と引用したがために、あたかも「波郷は俳句の文学性を否定した」かのごとく、受けとめられてしまったのです。
翌15年「馬酔木」3月号で、波郷さんは「勿論俳句は文学である」と書かざるをえませんでした。真意は、俳句とはその作家の生き方そのものにかかわる文芸であり、わざとらしい「創作意欲などは俳句に必要でない」ということなのでした。
十代の終りに、俳句で身を立てようと水原秋櫻子師を頼って、愛媛から単身上京した波郷さんですから、俳句は実生活から生まれると、考えておられたのでしょう。
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枯れ草を引っ張ったら、こんなバッタ(写真中央、顔が左向き)が出てきました。枯れ死んでいるわけじゃありません。擬態なのか?
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# by tsukinami_819 | 2018-08-03 06:43 | | Trackback | Comments(0)

総合俳誌拾読「俳句」(角川)2018年8月号

特集記事は「定型のちから」です。
まず三村純也さんが虚子の俳句を中心に総論を、そのあと柏原眠雨さんが虚子、涼野海音さんが波郷、中村安伸さんが立子、堀田季何さんが飯島晴子、村上喜代子さんが龍太、仙田洋子さんが兜太で各論を展開され、さらに「わたしの定型論」として、後藤比奈夫、大石悦子、中村和弘、遠藤由樹子、鴇田智哉、野口る理、小野あらたの皆さんがエッセイ風定型論、さいごに矢野玲奈さんのコラム「音声としての五七五」と、実に多彩な配置です。
執筆陣の年齢の幅の広さに感心させられました。ただ、山本健吉さんあたりの俳論を扱う人があってもよかったんじゃないかと、思わないでもありません。
俳句の定型論として、言えることは一つですね。五・七・五音は、俳句と呼ばれる文芸ジャンンルにおける、唯一無比の前提条件であるということ。
わたしが前から疑問に思っているのは、なぜ<五・七・五のリズムが日本語に合っているのだ>と、誰もが信じているのか?という点です。「五七調」と「七五調」との区別も、実はよくわかりません。記紀歌謡をはじめ古代詩歌の音数律は、四音も六音も八音も用いられたそうですから、いつの間に、どうして五音+七音(または七音+五音)に落ち着いてしまったのでしょうか。知りたいところです。今回の特集の趣旨はそんなところにないので、かなわない願望だったわけですが・・・。ちなみに後藤比奈夫さんや矢野玲奈さんが、わずかながら、二音+一音の「音歩」論その他に触れておられます。
ちょっと考えてわかることとして、中国から渡ってきた漢字二文字の熟語を日本語読みすると、四音になることが多い。そこに一音の助詞をくっつけたら、どうしても五音になる。だから、五音は理解しやすいですね。いわば漢語起因説。じゃあ、七音は、どこからやってきたのか。和語の用言なのか。
日本語の歌謡(詩歌)と五音・七音のリズムって、ほんとに相性がいいのか? ・・・俳句づくりと直接関係ない話、でしたね。
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このところ主食はミニトマトです。健康に良いのかどうか?
朝5時台に畑へ出ると、まだ太陽は山の端から昇っておらず、早起きの蜂クンと遭遇することもありません。

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# by tsukinami_819 | 2018-07-31 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(2)

総合俳誌拾読「俳句界」2018年8月号

特集は「故郷を想う」と「恋の句の引力」の2本。「故郷」は大輪靖宏さんが芭蕉や一茶のふるさと俳句を論じられたあと、14人の俳人がご自身のふるさとの句を5句ずつ発表しておられます。1句ずつ紹介します。
〉北海道
しばれると皆言ひ交す夜空かな  櫂未知子
〉秋田
広大な官衙(かんが)遺跡や夏の蝶 荻原都美子
〉茨城
紙を漉くくらしの中に川ありて 矢須恵由
〉東京
夜明けより浅草三社祭かな 一枝伸
〉長野
山繭(やままゆ)蛾のたうち安曇くもりがち 中澤康人
〉静岡
海鼠(なまこ)壁繕つてある冬構 高橋悦男
〉福井
越前和紙ゆゑに月光包めます 山本千代子
〉三重
山祇(やまつみ)の声ひぐらしの絶唱は 名村早智子
〉大阪
幽霊飴を舐め新緑の中にあり 谷口洋
〉和歌山
那智の滝われ一滴のしづくなり 堀本裕樹
〉山口
夏柑や中国と云ひ一地方 鎌田俊
〉愛媛
おいしいけん食べてみ餡餅の雑煮 神野紗希
〉福岡
坑口の血の濃くなる方へ散るさくら 谷口慎也
〉沖縄
月光を羊水にして洞窟(ガマ)孵(す)でる 野ざらし延男
ちょっと説明。「幽霊飴」は京都の六道の辻で売られている飴のことだろうと思うのですが、上方落語にこのタイトルの噺があるそうです。「孵でる」という動詞の終止形を知らないのですが、意味は「卵から孵(かえ)る」ことでしょうか。
このように、何処の地でもかまわない故郷ではなく、具体性ある実在の故郷を詠むのが、ほんものの故郷俳句なんでしょうね。
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写真のスイカはお隣さんからいただいたもの。わが畑のスイカは、大雨と酷暑のせいなのか、はたまた施肥に失敗したのか、成長が止まっています。

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# by tsukinami_819 | 2018-07-28 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(0)

おもしろうてやがてかなしき

角川「俳句」8月号の雑詠欄で、こんな句を拾っていただきました。
 面白うてかなしき嘘を三鬼の忌 六四三
選評で嶋田麻紀さんが読み解いてくださったように、戦後俳壇における西東三鬼さんの八面六臂の、ときには人を戸惑わせた、活躍ぶりに思いを寄せた句です。しかも、三鬼忌はエイプリルフールの日。もし三鬼さんにこの句をお見せすることができたなら、「おれは嘘つきなんかじゃないよ」と、叱られてしまうでしょうね。
指摘していただいたとおり、この句は、貞享5年の芭蕉句を踏まえた作りになっています。
 おもしろうてやがてかなしき鵜舟哉 芭蕉
すっかり忘れていましたが、昨夏(正確にいうと初秋)の鵜飼の句をあれこれ考えていたため、つい芭蕉さんからお知恵を拝借してしまったようです。ちなみに、芭蕉さんの句も、当時流行っていた謡曲を参考にされたみたいですよ。いわゆる「本歌取り」でしょうか。
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鵜飼といえば、三鬼さんも昭和32年に「長良川10句」と前書をつけて、吟行句をのこしておられました。
 昼の鵜や鵜匠頭(うしょうのかみ)の指ついばみ 三鬼
長良川は今月の大雨で被害を受けて、鵜飼観覧船が今日25日から運航再開されるはず。早く復旧するといいですね。

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# by tsukinami_819 | 2018-07-25 06:43 | | Trackback | Comments(2)

中岡毅雄句集『啓示』を読む(下)

中岡毅雄さんの9年前の句集『啓示』の後半Ⅲ・Ⅳ部から、いくつかの句をえらんで鑑賞します。
読者はいきなりこの句と出会って、たじろぐことになります。
 手術同意書に署名し十二月
五・七・五の定型リズムを崩さなかった人による、まさかの八・四・五、ちょっと異相の「句またがり」です。癌の手術を受けられたそうです。
 笹鳴や四十にして父母に謝し
どうということもない平凡作ながら、1句目の〈手術同意書に署名し十二月〉と3句目の〈風花や転移覚悟の手術(オペ)迎ふ〉との間に挟まれているがために、この句は読者の記憶に残ります。
 とととととととととと脈アマリリス
世評の高い作品のひとつです。「と」音が10回続くものの、かりに「トト/トト/と・トト/トト/と/脈・アマリリス」と読めば、意外にも五・七・五のリズムで、落ち着いています。句意は不安な心理状態、精神の変調をあらわしているのでしょう。
 ふとおもふけふが飯島晴子の忌
闘病中、人の実名を詠み込んだ句が増えてきます。ちなみに飯島晴子さんは自裁されたはず。作者にとって、自己救済の意味をもつ作品なのでしょう。
 引き潮のごとく鬱消え額の花
比較になりませんが、わたしも勤めが忙しすぎたときや、早期退職した後、軽度の鬱を自覚した時期がありました。多くの人にとって、共感できる作品かもしれません。季題のもつ華やかさと寂しさが効果的です。
 一月の机に遺る眼鏡かな
詞書に「十二月三十日、田中裕明氏逝去、七句」とある七句目です。若い頃から親交のあった句友の死なのでしょう。
 花は葉に話したくなし会ひたくなし
初桜、満開の花、余花そして葉桜。どうしてこうも人と会って、話さなくてはならないのだろうか、そんな気分なのでしょう。むろん鬱状態にあっては、なおさらに。
 ひとたびは生を彼岸に冬ざくら
句集の帯の表に、この句がしるされています。集中、美の極地です。
 幻聴も吾がいのちなり冬の蝶
躁鬱の人から、幻聴のことを聞かされたことがあります。中七からは、作者が詩人であることを強く感じました。
 すこし読みすこしねむりぬ春の霜
読者もまた、すこしホッとできる句でしょう。
 生きてふるへるはなびらのことごとく
ひらがな表記の美しさは、作者の特長の一つです。下五は簡単なようでいて、なかなか、こうは詠めません。
 未草(ひつじぐさ)もとのひとりとなりしのみ
未草は睡蓮の別名で、日本古来種をいうそうです。未の刻(午後二時頃)に咲く花の意味ですね。句意は作者にしかわかりませんが、短詩にとって曖昧さも魅力のひとつです。これも姿の美しい句です。
 眠剤にしばしあまえて夜の秋
睡眠導入剤に頼ることに罪悪感があるのでしょうか。でも、いまはそんな薬に甘えて眠りにつこうとする、恢復期なのでしょう。
 草と草ふれあふところ露の玉
凡句ぎりぎりかもしれませんが、わたしはこういう句が大好きです。評者によって判断の別れる句かもしれません。
 いもうとのごとくよりそふ虫時雨
主語が見えないため、句意はあいまいです。親しい女性のことなのか、虫の声に癒されているだけなのか、虫と時雨との関係性なのか。静かな美しい句です。
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# by tsukinami_819 | 2018-07-22 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(2)

饐飯(すえめし)

句集鑑賞を次回に送ります、あしからず。
写真は、今日の昼食です。
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ドラッグストアで買ってきた焼きそばパンをメインにして、ごぼ天、畑でとれたトマト、きゅうり、真桑瓜と、かぼちゃの冷スープですね。
写真に撮って、機嫌よく食べ始めたら・・・ん? スープの味がヘンテコりん? きゅうりもパサパサで、味がない!
 饐飯を捨てに出て妻の里のこと 六四三
【追記】
かぼちゃ冷スープは牛乳使ってるからねと、妻の解説。
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# by tsukinami_819 | 2018-07-20 13:17 | | Trackback | Comments(0)

中岡毅雄句集『啓示』を読む(上)

「いぶき」共同代表のお一人、中岡毅雄さんが9年前に出された第4句集『啓示』には、30代後半から約10年間の作品が収録されています。
4部構成のうち前半Ⅰ・Ⅱ部から、いくつか句を拾ってみましょう。後ろの〈地名〉は、前書からわかる吟行地です。
 氷る夜のコロボックルに樹のにほひ<阿寒湖>
 鶴の嘴はらりと雪を落としけり
 犬ふぐり遠野にとほき飢ゑの日々
 黐(もち)散つてお四国のみちただ冥し
 手にとりて軽き砧(きぬた)や隠岐の月
 地吹雪や叩き鳴らして津軽三味
 流氷のとほき起伏もふぶきけり
<知床>
 火柱のごとき没日(いりひ)や寒蜆<出雲・松江>
 竿燈の折れむばかりに撓(しな)ひけり
 波の花雷白光の走りけり
<佐渡>
 島唄のとほざかりゆく天の川<竹富島・石垣島>
 空の白鳥田の白鳥と啼きかはし<瓢湖>
 淦(あか)の中のたうつ鮭を打ちにけり<新潟・村上>
活発に行動なさっていた充実期の作品らしく、秀句・佳句が揃っていて、句集のなかに出来・不出来の凹凸が見られません。おそらく、あちこちの俳誌に句数をまとめて発表する必要があってのことだろうと思うのですが、日本全国、北は北海道から南の八重山諸島まで、吟行に出ておられたようですね。これだけ美しく粒のそろった、有季定型の句集は珍しいでしょう。さすがの実力派。
発行元ふらんす堂の「栞」が挟み込まれていて、その中で、友岡子郷さんがこう書いておられます。
〉Ⅰ・Ⅱは健康体の彼の作品、Ⅲ・Ⅳは病身の彼の作品と言える。
後半(Ⅲ・Ⅳ部)の劇的に変化する俳句は、次回に。

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# by tsukinami_819 | 2018-07-19 06:43 | 読書感想 | Trackback | Comments(0)

まず1敗

いちど、俳句評論で準賞(奨励賞)をいただいてから、もう4年。ことしの目標は、俳句でも評論でもいいから何か賞をいただくこと、なのですが・・・。
先日、某団体から、某賞の選考結果が届きました。
応募総数10編。少ないです。人気ないんですね、俳句評論って。
どなたの作品に決まったかは、数か月後に発表されるでしょうから、機会があればご覧ください。わたしも読んでみたいと思います。
それにしても、俳句もAI(artificial intelligence)との関わりを論じる時代、なんですね。わたしの作品なんて、徹底的に古典的な俳人評伝でしたから、タイトルの段階で、すでに負けちゃっています。
このまま今年も、賞と縁がないのか?
     ○
暑くて、本を読む気力もないのだけれど、句集2冊(古本)、アマゾンで注文しました。ほぼ同じ頃の出版なのに、賞を獲ったほうは三千円で、獲らなかったほうは五百円ですって。でも、まあ値がついているだけでも、書籍として幸福なのかもしれません。
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最高気温35度の猛暑のなか、庭の辛夷が狂い咲きしています。なにかの兆候かしらん?
・・・と、ここまで書いておいて、日曜日の昨日、涼みに出かけたショッピングセンターで胸が痛くなったため、夕刻、市の休日・夜間急病センターへ。なるほど、こんな兆しでしたか。148.png

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# by tsukinami_819 | 2018-07-16 06:43 | その他 | Trackback | Comments(2)

冷房のない夏

大雨が過ぎたと思ったら、こんどは猛暑。まだまだ西日本各地で水害、土砂災害の被害が進行中です。出水なんて季語もあるけれど、いたずらにそんな俳句を詠む気分になれませんね。
東日本では、いったいどの程度報道されているでしょうか? 大規模被災だけでなく、あちこちで小規模な水防ダムの決壊や裏山の崖崩れも発生し、家が壊され道路が塞がれ1人2人と亡くなっているわけですが、細かく伝わっているでしょうか? 阪神淡路大震災のとき、サリン事件によって東京の関心がオウム一色に塗りつぶされたことが、いまだ忘れられません。
さて、そうは言っておきながら、俳句の話題に移ります。
一昨日は、姫路あすなろ句会でした。こちらは「円虹」系で、もっとも年齢が若いからという理由で(といっても還暦を過ぎましたが)、わたしが会計も進行係も引き受けている句会です。
貸し室ビル内の設備工事中とやらで、空調設備が停止。部屋に入ったとたん、どっと汗が吹き出しました。おまけに、6階で見晴らしのよい、サンルームみたいな会議室です。一応、水冷式の大型冷風扇2台と、工場扇2台とが臨時でおかれていたのですが、ゴオゴオと轟音を立てるばかりで、ちっとも涼しくなりません。会員は高齢者なのに、よくまあ体調不良者が出なかったものです。
 あかあかと海の落暉や金魚玉 六四三
 雨蕭々色の褪めゆく夏の山
この下五は、冬の山か。いや、夏の山でこそよいか。
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# by tsukinami_819 | 2018-07-13 06:43 | | Trackback | Comments(4)


遊戯三昧 俳句ひねって 遊びましょう
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